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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)217号 判決

1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

(一)(1) 成立に争いのない甲第二号証の二によれば、本件明細書の発明の詳細な説明には、「本発明はソルビン酸の効力を増強する食品類の防腐方法に関する」(本件発明の補正公報第一欄第二一行、第二二行)ものであつて、各種食品類及びこれらの製造原料である生鮮食品類について、微生物による腐敗、変質、色調の変化あるいは悪臭の発生、カビの発生などを防止するため常用される防腐剤(防腐目的の保存料)であるソルビン酸及びそのナトリウム塩又はカリウム塩などのアルカリ金属塩をpHが中性付近の対象物に加えた場合に、その効果が低下する欠点(「たとえば、蒲鉾は動物性蛋白食品の特性として中性に近いpH(pH六~七)を有しており、ソルビン酸の効力を強めるためにはpHを低下させると蒲鉾の品質が劣化して商品価値を損う。」《同第二欄第二三行ないし第二六行》)を改善し、「酢酸、クエン酸、フマール酸、乳酸、酒石酸またはそのアルカリ金属塩一〇~二〇〇部(重量)および重合または縮合リン酸のアルカリ金属塩一〇~二〇〇部(重量)およびソルビン酸またはそのアルカリ金属塩一〇〇部(重量)の三種成分を併用し、中性に近いpH(pH六~七)で作用させることを特徴とする食品類の防腐方法である」(同第三欄第六行ないし第一三行)こと、本件発明において規定される三種成分は対象物に均一に加えられて、「公知法のごとくpH低下に伴い対象食品の食品品質が劣化するのを防ぎ、しかもすぐれた防腐効果を発揮しうるように、中性に近いpH(pH六~七)下で作用させればよい」(同第五欄第九行ないし第六欄第一行)ことが記載され、かつ実験例として、1及び3「ソルビン酸カリウムの抗菌力に対する添加物の影響について」(いずれもpH六・〇に調整)実験を行い、2「蒲鉾の保存試験」として実験を行つた結果、本件発明による方法を適用した例が対照例よりも防腐効果において優れていることが記載され、更に実施例として、1スケソウダラの冷凍すり身、2牛肉、豚肉、3みそを対象として本件発明による方法を適用した結果、1及び2については一週間、3については三か月間それぞれ対象食品にネトの発生等何らの変化も認められなかつたことが具体的に原料、副材料、三種成分等の物質名又は化合物名、その使用量、加工処理条件、食品保存温度を明らかにして記載されていることが認められる。

そして、本件発明の主な対象となる食品類であるカマボコ、ソーセージなどの練製品について先に述べた品質の劣化は、対象製品の弾力などによつて判定され、その評価の基準は、製品が作られた時の噛んだ際の強さ及びしなやかさであること及びこの種の製品に対する防腐効果は、その有効保存日数によつて決定されることは、当事者間に争いがない。

そこで、本件発明の特許出願当時におけるこれら食品類の防腐方法の技術分野における当業者の技術常識がどのようなものであつたかについてみると、防腐剤であるソルビン酸又はそのアルカリ金属塩の抗微生物作用については、成立に争いのない甲第七号証の一、四、六(第一引用例)によれば、ソルビン酸又はそのアルカリ金属塩は酸型防腐剤であり、酸のpHが安息香酸やサルチル酸よりは高いので、これらに比べると、中性に近い食品(pH六・〇~六・五)にあつてもある程度の防腐の効力を示すが、その効力はかなり微弱であつて、効力を発揮させるには、少なくとも非解離分子が三〇~一〇%存在するpH五~六程度に調製すべきであるとされていたことが認められ、また、食品の品質保持のためにする弱酸によるpHの調整については、成立に争いのない甲第一〇号証の一ないし三(第六引用例)によれば、弱酸の添加により魚肉のすり身のpHが五・八以下になると、すり身は粘稠性が急激に低下して粘土状になり、更に五・三以下になると、すり身は凝固して水分が分離するようになること、pH調整を行つたすり身を加熱してゲル化させると、すり身のpHが五・八以下、すなわち加熱後の肉のpHが六以下になるとゼラチン様の液汁が分離し、切口組織はあらくなつて、折り曲げた時に割れ易く脆くなること、pHが低くなればなるほど練製品としての足は低下すること、これらの傾向は畜肉ソーセージでも同じであるとされていたことが認められる。これらの事実を総合すると、ソルビン酸又はそのアルカリ金属塩を防腐剤として用いる場合、その効果を発揮させるにはpH五~六程度で作用させるべきであること、一方、魚肉、畜肉のすり身やその練製品はpHが約六以下になると、その品質が急激に低下することがよく知られていたということができる。

本件発明の特許出願当時における当業者の右技術常識を考慮して、本件明細書の発明の詳細な説明の記載、特に、「本発明の特徴は特に中性に近いpH(pH六~七)で作用させて著効を発揮しうる食品の防腐方法であり、このためpH低下に伴う対象食品の食品品質を劣化させる心配は全くない(「劣化させるため心配は」は、「劣化させる心配は」の誤記と認める)。」(前掲補正公報第三欄第一七行ないし第二一行)、「従つて本発明の作用、効果は、(中略)本発明における各規定される該薬を併用し、中性に近いpH(pH六~七)下で作用させることにより、配合されたソルビン酸類の抗菌力を顕著に増強しうるのであり、かかることは当業者の有する一般常識にきわめて反することである。」(同欄第二二行ないし第三〇行)、「要は公知法のごとくpH低下に伴い対象食品の食品品質が劣化するのを防ぎ、しかもすぐれた防腐効果を発揮しうるように、中性に近いpH(pH六~七)下で作用させればよいから、きわめて簡単であり、当業界への実用性はきわめて大きい。」(同第五欄第九行ないし第六欄第三行)との記載をみると、本件発明が従来技術における支障、すなわちソルビン酸又はそのアルカリ金属塩を用いて防腐効果を発揮させるには、食品にpH五~六で作用させなければならないが、pH六以下にすることによつて食品の品質が劣化するという支障を除く目的でなされたものであることが明らかである。

したがつて、本件発明でいう「中性に近いpH(pH六~七)で作用させる」とは、(イ)酢酸、クエン酸、フマール酸、乳酸、酒石酸又はそのアルカリ金属塩、(ロ)重合リン酸のアルカリ金属塩、(ハ)ソルビン酸又はそのアルカリ金属塩の三種成分を食品に添加してから、添加を終り三種成分の添加食品が得られるまでの間、該添加食品のpHを六~七に保つことを意味すると解するのが相当である。

(2) 原告は、本件発明でいう「中性に近いpH(pH六~七)で作用させること」が、対象食品に各所定の保存料を添加したもののpHが中性に近いpH(pH六~七)であることを意味するとしても、本件明細書に記載された実施例1ないし3、実験例2には保存料を添加した際の対象食品のpHを記載していないから、本件明細書は、本件発明の構成を具体化したものを示すべき実施例も実験例も記載されていないことになる旨主張する。

前掲甲第二号証の二によれば、本件明細書に記載された実施例1ないし3には、三種成分を添加した際、換言すれば、添加が終り、三種成分の添加食品が得られた段階における添加食品のpHが明記されていないことは明らかである。しかしながら、本件発明は、そのpHが中性に近いpH(pH六~七)であることを必須の構成要件とすることは前述のとおりであるから、本件発明の実施に当たつては、原料及び副材料の種類並びにそれらのそれぞれの使用量に応じて、本件発明における三種成分を添加した際の添加食品のpHが六~七になるように、三種成分について使用化合物を選定し、またそれらの化合物の配合比を定める方法をとらなければならないことは当然のことであり、このことは、発明の詳細な説明に、「要は、各規定される各該薬剤が対象物に均一に加えられて本発明の目的が達成できればよく、このため本目的を達しうる限り如何なる方法も使用でき、目的、対象物、処理法などにより適宜選択される。食品に対する各添加量は、(中略)ソルビン酸の各許可量に基準をおき、他の各薬剤の配合割合を決めればよく、(中略)中性に近いpH(pH六~七)下で作用させればよい」(前掲補正公報第四欄第四四行ないし第六欄第一行)と記載されていることからも明らかであつて、本件明細書に記載された実施例1ないし3はこれを具体化して示したものと解されるから、当業者であれば実施例における三種成分を添加した際の添加食品は当然pH六~七になつているものと理解することができるというべきである。なお、成立に争いのない甲第一八号証の一ないし三(第一三引用例)によれば、pH五・四以上のみそは優良品ではなく、未熟成品と判定される旨の記載があることが認められるが、本件発明は、対象食品に三種成分を添加したもののpHが六~七であることを要件とするものであつて、対象食品自体のpH六~七でないと適用できないものではないから、実施例3は熟成したみそ(pH五・四未満)に三種成分を添加してpH六~七となし、防腐効果を発揮させる場合の実施例とみることができ、第一三引用例の前記記載を根拠にして、実施例3における三種成分を添加した際の対象食品がpH六~七になつていないとすることはできない。そして、ほかに前記認定を左右するに足りる証拠はない。

したがつて、本件明細書に記載された実施例は、本件発明の「中性に近いpH(pH六~七)で作用させる」という構成を具体化したものを示しているものとみるべきであり、これと異なる見地に立つて本件明細書の発明の詳細な説明の記載が特許法第三六条第四項の規定に違反するものという原告の主張は採用することができない。

(3) 原告は、本件明細書に記載された実施例1及び2について、対象食品の保存料添加前及び添加後のpHが記載されていない以上、保存料添加により対象食品の品質が劣化しないという作用効果を奏するかどうか判断できないから、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は特許法第三六条第四項の規定に違反する旨主張する。

しかしながら、魚肉、畜肉のすり身、練製品はpH六以下にすると急激に品質が劣化することが本件発明の特許出願当時の技術常識であることは前述のとおりであるところ、本件明細書に記載された実施例1及び2においては、pH六~七で防腐効果を発揮させるものであるから、それに伴う品質劣化は、pH六以下で防腐効果を発揮させる場合に伴う品質劣化よりも減少しうるものと認められ、右実施例はこの限度において品質の劣化を防ぐことができることを示すものであり、このことは、従来技術を考慮して本件明細書をみるならば、当業者において容易に理解しうるものであるというべきである。

原告は、pH六~七の範囲内でもpHが下がればそれに比例して製品の品質の劣化が起り、そのpH低下の幅が〇・五程度になれば製品の品質は劣化することが当業者の技術常識であつた旨主張するが、本件発明において品質の劣化を防ぐというのは、pH六以下で防腐効果を発揮させる場合に伴う品質の劣化よりもそれを減少させることであることは前述のとおりであつて、原告の主張するようにpH六~七の範囲内においてpHが下がるのに比例して品質が劣化するという事態までも防ぐことを意図しているとはいえないから、原告の主張する技術常識の存否にかかわらず、実施例1、2に対象食品の保存料添加前及び添加後のpHが記載されていないことが、当業者において本件明細書の記載に基づいて本件発明の奏する品質劣化防止の作用効果を理解する妨げになるとはいえない。

成立に争いのない甲第二五ないし第二七号証、第二九号証によれば、本件発明の対象と同種の食品類の防腐剤にかかる発明の明細書中の実施例として、薬剤添加前あるいは添加後のpHを示した記載のあるものが存することが認められるが、このような記載事例が存するということから、直ちに、本件明細書の記載が当業者にとつて理解困難なものであるということはできない。

そして、本件明細書に記載された実施例1ないし3には、本件発明のもう一つの効果である防腐効果が顕著に優れていることが記載されており、かつ、原料、副材料及び本件発明における三種成分がそれぞれ具体的に物質名又は化合物名をもつて明記され、その使用量も明確にされており、更に加工処理条件、食品保存温度も明示されていることは前述のとおりであるから、当業者は容易に右実施例を追試することができる程度に記載されているといえる。

したがつて、本件明細書の発明の詳細な説明には、実施例にpHに関しての明示の記載が欠けている点で配慮が充分とはいい難いとしても、当業者が容易に本件発明の実施をすることができる程度にその発明の目的、構成及び効果が記載されているから、実験例2について検討するまでもなく、本件発明は特許法第三六条第四項の規定に違反して特許されたものとすることはできない。

(二) 前述した本件発明の特許出願当時の当業者の技術常識と本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、本件発明は、ソルビン酸又はそのアルカリ金属塩を防腐剤として用いる場合、その効果を発揮させるにはpH五~六程度で対象食品に作用させなければならないが、一方、対象食品はpH六以下になるとその品質が劣化するという支障がある従来技術の欠点を改善し、pH六~七において防腐効果を発揮させるべく、ソルビン酸又はそのアルカリ金属塩に特定の有機酸又はそのアルカリ金属塩と重合リン酸のアルカリ金属塩とを特定範囲の割合で併用し、中性に近いpH(pH六~七)で作用させるようにしたものであるから、対象食品のpHに関しては、前述のとおり、右三種成分を特定範囲の割合で添加した際の添加食品のpHが六~七であればその目的が達成されるものと解される。

したがつて、本件発明の特許請求の範囲に記載された「中性に近いpH(pH六~七)で作用させること」という構成要件は、発明の詳細な説明に記載された本件発明の構成に欠くことのできない事項を記載したものであるというべきである。それ故、本件発明が(A)対象食品自体のpHが中性に近いpH(pH六~七)であること、(C)対象食品のpHは三種成分の添加によつて下がらないことをも構成要件として包含することを理由に、この点を本件明細書の特許請求の範囲に記載しなかつたことが特許法第三六条第五項の規定に違反する旨の原告の主張は理由がないというべきである。

(三)(1) 成立に争いのない甲第六号証の一ないし三によれば、第三引用例は、大庭安正「ねり製品に使われる副資材と食品添加物――香辛料、香料、漂白剤、発色剤、着色剤」と題する論文を収めるものであり、その「四、着色料(1)食用タール色素 (d) 耐酸化性・耐アルカリ性」の項に、原告が指摘する魚肉ソーセージはさらにその加工中に添加される発色剤、酸化剤、防腐剤などによつて色調が変退色することが多い。これらのうちアスコルビン酸などの還元剤の影響は大きく、重合りん酸塩、ソルビン酸、クエン酸、燻液などの影響も大きいといわれている。」(第一三三頁第一段第九行ないし第一五行)との記載があり、この記載は、練製品に使われる食用タール色素が魚肉ソーセージに添加される発色剤、酸化剤、防腐剤などの添加物によつて影響されることを述べるとともに、魚肉ソーセージにアスコルビン酸、重合リン酸塩、ソルビン酸、クエン酸、燻液などを添加する場合があることを開示しているものと認められる。しかしながら、この記載は、これらの添加物の個々が食用タール色素に影響を及ぼすことを述べているにすぎないのであつて、この記載をもつて、魚肉ソーセージに添加される重合リン酸塩、ソルビン酸、クエン酸、燻液が防腐効果を奏するものとして併用されることが開示されていると認めることはできない。

原告は、第三引用例の前記第一三三頁の記載について、魚肉ソーセージに添加されるソルビン酸、重合リン酸塩、クエン酸及び燻液はそれぞれ防腐効果を奏することは周知であるからこれらの添加物が防腐効果を奏するものとして併用添加されたものであることは当業者において容易に看取することができる旨主張する。

そこで、まずクエン酸について検討すると、前掲甲第七号証の一、六、成立に争いのない甲第七号証の二によれば、第一引用例の「Ⅰ―3 酸味料 (1)クエン酸(結晶)」の項には、本品の酸味は酒石酸、リンゴ酸の酸味に比べて丸味があり美味があるので、酸味料として広く使用されること、また抗酸化剤と併用するとシンネルギストとして酸化防止剤の効果を増大させる性質があること、更に清涼飲料水、粉末ジユース、果汁に加えたり、乳製品に、クリームの生地改良、酸敗の防止、安定剤、乳化剤などとして使用され、冷凍果実や果実の加工品の酸化防止剤として使用されることが記載されており、また、同「(2)クエン酸(無水)」の項には、無色透明の結晶、粒又は白色の粉末で、無臭で強い酸味を有すること、結晶クエン酸と全く同様に利用できるが、主として水分をきらう食品に使用されることが記載されている。また、前掲甲第一〇号証の一ないし三、成立に争いのない甲第八号証の一ないし三、第一三号証の一ないし三によれば、第五ないし第七引用例には、クエン酸が食品のpH調整に用いられること、及びソルビン酸を防腐剤に用いる際のpHを下げる有機酸として用いられることが記載されている。これらの引用例の記載によれば、クエン酸が酸味料、酸化防止剤、乳化剤、pH調整剤などに用いられることは認められるが、クエン酸自身が防腐効果を奏するものとして用いられることは認めることができない。次に、燻液については、前掲甲第六号証の一ないし三によれば、第三引用例には、「一、香辛料・香料」の項に「一般に魚肉ソーセージに使用される香辛料には液体のものもあるが、取扱上の利点から粉末のものの方が広く利用されているようであり、液体香料として最も普遍的に用いられているのは燻液である。」(第一二八頁下段第一六行ないし第一八行)と記載されており、この記載によれば、燻液は液体香料として魚肉ソーセージに添加使用されるものであり、防腐効果を奏する添加剤として使用されるものとみることはできない。したがつて、第三引用例の前記記載中の重合リン酸塩、ソルビン酸、クエン酸及び燻液のうち少なくともクエン酸、燻液については、原告の引用する技術文献をもつてしては、防腐効果を奏する添加剤として用いることが周知であるとすることができないから、原告の前記主張はその前提を欠き、採用することができない。

また、原告は、魚肉ソーセージにおいては、副原料として保存料、重合リン酸塩及び燻液のような酸性の成分が配合されることが周知であり、重合リン酸塩は品質向上に有効であるとともに防腐効果にも寄与し、クエン酸の如き弱酸は主原料のpH調整のためソルビン酸に併用されて防腐効果を助長することも周知であるから、当業者は、第三引用例の前記第一三三頁の記載を、防腐効果を向上させるためにソルビン酸、重合リン酸塩、クエン酸及び燻液を併用添加したものについての記述とみることは疑いない旨主張する。

成立に争いのない甲第二一号証の一ないし三によれば、岩崎康男ほか四名編集「食品加工法」と題する技術文献(株式会社朝倉書店昭和三九年六月三〇日発行)には、魚肉ソーセージ配合例の副材料として、原告指摘のとおり、豚脂、澱粉、香辛料、砂糖、M・S・G、食塩、燐酸塩、保存料、亜硝酸ソーダ、アスコルビン酸ソーダ、ニコチン酸アミド、燻液、色素液、氷水が挙げられ、また、ソルビン酸が防腐剤として使用される旨記載されているが、燐酸塩、燻液が防腐効果を向上させることを示唆する記載はない。そして、前掲甲第七号証の一、四、六によれば、ソルビン酸は酸型防腐剤であることが認められ、またクエン酸はソルビン酸を防腐剤に用いる際のpHを下げる有機酸として用いられることは前述のとおりであるが、重合リン酸塩については、前掲甲第七号証の一、六、成立に争いのない甲第七号証の五によれば、第一引用例には、「Ⅷ―2 品質改良剤」の項に、重合リン酸塩の一つである縮合リン酸塩は、肉類結着剤、弾力補強剤、保水性向上剤として魚肉ソーセージなど各種食品の品質改良剤に用いられること、またこれはその縮合度によつてpHが一二・〇~六・四の間で異なることが記載されており、また成立に争いのない甲第九号証の一ないし三によれば、第二引用例には、重合リン酸塩は魚肉の弾力補強剤に用いられること、重合リン酸塩を使用する場合の一番の欠点は身がだれることであるが、魚肉ソーセージのように、製造過程ですり身をパイプを通して送るようなものは、すり身が柔かく流動性があるほうが、かえつて便利なので、魚肉ソーセージの製造には重合リン酸塩が必ず使われることが記載されており、これらの記載からすれば、当業者には、魚肉ソーセージに添加される重合リン酸塩は肉類の結合性、弾力性、保水性などをよくする品質改良剤として用いられていると認識されるというべきである(成立に争いのない甲第二〇号証によれば、特許出願公告昭三三―三七八四号特許公報には、高分子リン酸塩(リン酸塩を加熱したものでピロリン酸塩《焦性リン酸塩》及びメタリン酸塩を更に加熱重合させたもの)が魚肉練製品に対し防腐効果を奏する旨の記載があるが、前記第一及び第二引用例の記載に照らしても、右特許公報の記載から直ちに、重合リン酸塩が防腐効果を奏することが周知であつて、当業者にそのように認識されるものと認めることはできない。)。また、燻液が液体香料として魚肉ソーセージに添加して用いられるものであり、防腐効果を奏する添加剤とみられていなかつたことは、前述のとおりである。

したがつて、第三引用例の前記第一三三頁の記載に接する当業者は、そこに記載された添加物のうち、ソルビン酸は防腐効果を発揮させるものとして、クエン酸はソルビン酸の防腐効果を向上させるためのpH調整剤として用いられていると認識するものの、重合リン酸塩は肉類の品質改良剤として、燻液は香料として用いられていると認識するとみるのが合理的であり、このような当業者の認識のもとでは、第三引用例の前記第一三三頁の記載は、ソルビン酸、クエン酸、重合リン酸塩及び燻液がそれぞれ右のような目的をもつて添加された場合についての記述であるとみるのが相当であり、したがつて、防腐効果を向上させるために右四者を併用することを記述したものと認めることはできない。

以上検討したところから明らかなように、本件発明における「(イ)酢酸、クエン酸、フマール酸、乳酸、酒石酸またはそのアルカリ金属塩」、「(ロ)重合リン酸のアルカリ金属塩」、及び「(ハ)ソルビン酸またはそのアルカリ金属塩」の三種成分を併用することは、第三引用例の前記第一三三頁の記載に基づき当業者において容易に想到することができたものとはいえない。しかも、本件発明は、特許請求の範囲記載のとおり、右三種成分を特定範囲内の割合、すなわち、(イ)については、一〇~二〇〇部(重量)、(ロ)については一〇~二〇〇部(重量)、(ハ)については一〇〇部(重量)の割合で併用し、かつ中性に近いpH(pH六~七)で作用させることを特徴とするものであるから、本件発明は、この点について何らの開示もない第一ないし第三引用例及び第五ないし第七引用例に記載された事項に基づき容易に発明をすることができたものとは到底認めることができない。

そして、本件発明は、前述のとおり、ソルビン酸又はそのアルカリ金属塩を防腐剤として用いる場合、その効果を発揮させるにはpH五~六程度で対象食品に作用させなければならないが、一方、対象食品はpH六以下になるとその品質が劣化するという支障がある従来技術の欠点を改善し、pH六~七において防腐効果を発揮させるべく、ソルビン酸又はそのアルカリ金属塩に特定の有機酸又はそのアルカリ金属塩と重合リン酸のアルカリ金属塩とを特定範囲の割合で併用し、中性に近いpH(pH六~七)で作用させ、もつて防腐効果の付与に伴うpH低下による食品の品質劣化を防ぐという顕著な作用効果を奏するものである。

原告は、本件発明の作用効果については、本件明細書に、(イ) 公知法の如くpHを低下させて対象食品の品質を劣化させるようなことはない、(ロ) 優れた防腐効果を発揮する旨記載されているが、(イ)については、その程度を知るための根拠となる記載は全くなく、(ロ)については、実験例1の第1表の対照例No.7のメタリン酸ナトリウムとソルビン酸カリウムの二種成分併用の効果は、本件発明の三種成分併用の例であるNo.11~16及び実験例3の第3表の例よりも結果がよいか又は殆ど同等であつて、本件発明の奏する効果には疑問があり、ソルビン酸を使用して品質を劣化させずに防腐効果を高めようとすれば、第六引用例記載のような格別の処理を必要とするのであつて、本件発明の方法では所期の目的を達成することができるとは到底考えられない旨主張する。

しかしながら、(イ)の作用効果については、本件明細書の発明の詳細な説明には、当業者が容易に本件発明の実施をすることができる程度にその発明の目的、構成及び効果が記載されており、実施例にpHに関しての明示の記載がされていないことが当業者において、本件明細書の記載に基づいて本件発明の奏する品質劣化防止の作用効果を理解する妨げになるものでないことは、原告の特許法第三六条第四項違反の主張に対する判断として説示したとおりである。

また、(ロ)の作用効果については、前掲甲第二号証の二によれば、実験例1の第1表対照例No.7は同表の本件発明の三種成分併用例No.11~13及び実験例3の第3表の本件発明の三種成分併用例のいくつかよりソルビン酸カリウムの発育阻止濃度においてよいか又は同等の結果を示しているが、これは実験例1及び3の対照例中の唯一の例外であり、右対照例全部と本件発明の三種成分併用例全部とを対比した場合総体的に後者が優れていることが明らかである(成立に争いのない甲第四号証は、原告が本件明細書記載の実験例1及び3を追試した実験結果として提出したものであるが、実験の諸条件を明示していない本件明細書記載の実験例1についてはともかく、右諸条件を明示している本件明細書記載の実験例3について原告がした実験方法が右諸条件と一致しない条件のもとに追試をしていることは理解できないところであるのみならず、実験結果をみても、二種成分を併用した対照例の二、三において本件発明の実験例より良好又は同等の結果を示しているものの、総体的にみて、対照例よりも本件発明の実験例の方が優れた結果を表わしているのであり、結局甲第四号証も原告の主張を裏付けるものではないというべきである。)。しかも、前掲甲第二号証の二によれば、実験例1はシユウドモナスアエルギノーザという種類の菌についてグルコースブイヨンを培養液として用いソルビン酸カリウムの抗菌力を実験した培養実験例であつて、食品について三種成分を添加した結果についての実験例ではなく、本件発明の対象となる蒲鉾についての保存実験例である実験例2では、前記対照例No.7に相当するソルビン酸とメタリン酸ナトリウムの二種成分併用の結果よりも本件発明の三種成分併用例のすべての結果が優れていることが認められる。したがつて、本件明細書に記載された前記対照例No.7の実験結果をもつて本件発明の奏する前述のような顕著な作用効果を否定することはできない。また、前掲甲第一〇号証の一ないし三によれば、原告が指摘する第六引用例記載の格別の処理とは、練製品としての品質(弾力)を失うことなしにそのpHを調節するという課題に対し、すり身中では中性であるが加熱した後で酸性を呈するような物質を使用して、魚肉ソーセージのpHを低下させようと試み、グルコノラクトン、アラボノラクトンのような単糖類から作つたラクトンを調節剤として使用する方法をとることを指すものであることが認められ、これは本件発明とは技術的思想を異にするものといわなければならないから、当該方法が奏するとされている効果を援いて、このような方法を用いてはじめて本件発明が所期の効果を達成できるとして、本件発明の効果を低く評価することは的外れであるというべきである。

更に、成立に争いのない甲第五号証には、本件明細書の記載のカマボコ及びウインナーソーセージの保存試験について原告がした追試の実験結果の報告がみられるが、右報告と本件明細書の実施例1、2と対照すると、原料の組成割合、薬剤の使用量又は操作などが異なり、右実施例1、2を忠実に追試したものと認めることはできないから、その実験結果に基づき本件発明の作用効果を争うことは許されないというべきである。

(2) 成立に争いのない甲第一一号証によれば、第八引用例は、「食品の品質を改良し、しかも防腐効果を奏せしめることを目的とした食品品質改良剤の製造法に関する」(第一頁左欄第九行ないし第一一行)発明にかかる出願公告を掲載した特許公報であつて、右発明は「食品衛生上無害な低級脂肪族カルボン酸類、(以下カルボン酸と略称する。)リン酸塩類およびアルミニウム無機化合物を混合することを特徴とする」(同欄第一四行ないし第一七行)ものであり、「ここにいう食品衛生上無害な低級脂肪族カルボン酸類としては、たとえば酢酸、クエン酸、コハク酸、酒石酸、フマール酸等があげられ、これらは塩の形で用いてもよい。アルミニウム無機化合物としては、たとえば硫酸アルミニウム、カリウム、硫酸アルミニウムナトリウム等の明ばん類(中略)が用いられる」(同欄第一八行ないし第二五行)こと、右発明の詳細な説明には、この三成分を混合する実施例及びこの三成分と他の適宜の成分とを混合する実施例とが合計二三例示され、その実施例15には、三成分の混合物を畜肉に混入するに当たり、ソルビン酸カリウムを併用する実施例、実施例16、17には、三成分と炭酸ソーダとの混合物に更にソルビン酸カリウムを混合した混合物を用いる実施例(対象食品は、実施例16は畜肉、実施例17は魚肉のすり身)が示されていることが認められる。

そして、本件発明において用いられるものの成分と第八引用例の実施例15ないし17に記載されたものの成分とを対比すると、本件発明の三種成分のうちの(イ)酢酸などの特定の有機酸は、後者の酢酸、フマール酸に、(ロ)重合リン酸のアルカリ金属塩は、後者のピロリン酸塩に、(ハ)ソルビン酸又はそのアルカリ金属塩は、後者のソルビン酸カリウムにそれぞれ相当するが、後者のミヨウバンは本件発明において用いられる成分に含まれないことが明らかである。

原告は、ミヨウバンはソルビン酸の防腐効果の向上と直接の関係はないので、第八引用例の実施例15ないし17を本件発明と対比するに当たつては、ミヨウバンを考慮する必要はなく、右実施例は、本件発明の三種成分を所定の割合で併用する防腐方法の例を記載したものとみることができる旨主張する。

しかしながら、前掲甲第一一号証によれば、第八引用例記載の発明は、低級脂肪族カルボン酸、リン酸塩及びアルミニウム無機化合物の三成分を併用することを必須とするものであり、この併用によつてはじめて食品の品質を改善し、防腐効果を奏するという目的効果を達成することができるものと認められるから、アルミニウム無機化合物(ミヨウバンがその一種であるとされていることは前述のとおりである。)を除いて第八引用例記載の発明を把握することはできない。そして、成立に争いのない乙第三号証によれば、ミヨウバンは防腐効果を奏するものと認められるから、第八引用例の実施例15ないし17において防腐剤としてミヨウバンを除外することはできないものというべく、これらの実施例はあくまでも、低級脂肪族カルボン酸、リン酸塩、アルミニウム無機化合物及びソルビン酸カリウムの四成分を含む混合物を用いる実施例とみるべきであり、本件発明の三種成分を所定の割合で併用する防腐方法の例を記載したものとすることはできない。

そして、本件発明は、特許請求の範囲記載のとおり、三種成分を特定範囲内の割合で併用し、かつ中性に近いpH(pH六~七)で作用させることを特徴とするものであるから、本件発明は、第八引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に推考できたものとは到底認めることができない。

(四) 以上のとおりであるから、本件発明は特許法第三六条第四項又は第五項の規定に違反して特許されたものではなく、また、本件発明は、第一ないし第三引用例及び第五ないし第七引用例又は第八引用例に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、右と同趣旨で原告の主張する理由及び提出された証拠方法によつて本件発明を無効とすることはできないとした審決の判断は正当であつて、審決にはこれを取消すべき違法は存しない。

3 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

酢酸、クエン酸、フマール酸、乳酸、酒石酸またはそのアルカリ金属塩一〇~二〇〇部(重量)および重合リン酸のアルカリ金属塩一〇~二〇〇部(重量)およびソルビン酸またはそのアルカリ金属塩一〇〇部(重量)の三種成分を併用し、中性に近いpH(pH六~七)で作用させることを特徴とする食品類の防腐方法。

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